ベーコン

燻製の豚肉です

素敵なお土産

新国立劇場の「トリスタンとイゾルデ」を観た。記事にもしたが、2年前にワーグナーのオペラを演奏してから、ワーグナー楽曲への偏見がなくなり、気になる演奏や演目での実演は喜んで聴きに行くようになっている。いいことである。「トリスタンとイゾルデ」は、昨年旅行に出かけた先の、ミュンヘンバイエルンの歌劇場でも聴いたのであった。その時にも今回も、「こういう素晴らしい鑑賞体験をするためにあんなに難しい曲を弾いたのかもな」と思った。

バイエルンの歌劇場は本編のストーリーを踏襲しつつも、黙役があったり事前収録の映像を使っていたりと結構コンセプチュアルだった(事前収録して、歌手が急病とかで変わっちゃったらどうするんだろうか)。今回の新国は舞台装置こそモダンなものの、ワーグナーのト書きに即した演出だった。また、官能!耽美!というよりは、テンポは重めながら全体的に清潔な演奏だったと思う。これはタイトルロールを演じたトリスタン役のニャリとイゾルデ役のキンチャのキャラクターによるところがあるだろう。ニャリは少々パワー不足かと思ったが、二幕や三幕のここぞというときにはしっかり立っていたし、何より青年トリスタンとしての演技がよかった。キンチャはキュッとした声で溌剌とした印象のイゾルデで、なんかもうずっと強かった。私は今のところこの話はイゾルデの話だと思っているので、解釈一致!と思った。新国の演奏を聴いてバイエルンの演奏・演出について新たな解釈をし、バイエルンの演奏を思い出しながら観ると新国の演奏がなおさら面白く感じた。稀有な鑑賞体験だった。私のオペラ体験の親でありイチオシ演目である「愛の妙薬」は実演/動画配信を問わずいろいろ観ているほうだと思うが、鑑賞しながらあちらこちらの演出や演奏を行ったり来たりすることはないので、「トリスタンとイゾルデ」は自分にとってちょっと特別な作品になってしまっているのであろう。

ところで、2年前、「トリスタンとイゾルデ」を演奏するための練習期間中に、チェロのパートの方が、クソ難しい曲をわざわざ金払って練習して演奏会を開くことについて「冥土の土産よね〜」と言っていた。冥土の土産。似たような概念としてみうらじゅんの「グレート余生」があるが、お土産という言葉がかわいらしく、また(形はあってもなくても)お土産という持ち物に落とし込んでいるところを気に入り、やりたいことを選び取るためによくこの概念を用いている。もし死後の世界があったとして、そして生前の思い出を覚えていたまま死後の世界を回遊できるとして、私は何をお土産として持っていきたいだろうか? 

そういう意味では、「トリスタンとイゾルデ」は演奏体験も鑑賞体験も、私にとってはかなり上等なお土産になっているし、これからもこれに関連するものごとは特別なものとして収集していくであろう。そして、ここまで噛み応えのあるお土産もそうそうないのではないかと思っている。

なお、新国立劇場の音楽チーフである城谷さんのnoteがすごく面白い。今回の新国トリスタンとイゾルデに際して考察記事を書かれている。噛み応えを感じる。